呼吸器外科医長 道免 寛充
肺がんや気胸などに対するロボット支援手術・単孔式胸腔鏡手術など、患者負担の少ない低侵襲手術に尽力。信頼と責任を大切にし、患者一人ひとりの心と人生に寄り添った医療を提供しています。
同科の取り組みや目指す医療の形、2020年ではがんの中で最も死亡者数が多い肺がんの早期発見の重要性、呼吸器外科手術の現在、日々の診療に対する想いなど、日本外科学会認定外科専門医/指導医・日本呼吸器外科学会認定呼吸器外科専門医/評議員・日本呼吸器学会認定呼吸器専門医・日本消化器外科学会認消化器外科専門医/指導医の道免寛充呼吸器外科医長にお話を伺いました。
肺の疾患のほか、気管や気管支、胸壁、心臓のまわりにある縦隔など呼吸に関係する器官(臓器)の疾患を扱います。咳が長引く、痰が切れにくい、体を動かすとすぐに息が切れる、胸部が痛む、といった症状のある方が当院の呼吸器内科を受診し、検査・診断の後、手術など外科的対処が必要な場合に当科に紹介されるのが普通です。また、他医療機関から紹介される患者さんも多いです。主に、肺がん、転移性肺腫瘍、胸壁腫瘍、縦隔腫瘍、気胸、膿胸などの手術を年間120〜130例行っています。
外科チーム8名のうち、呼吸器外科医1名というコンパクトな診療体制ですが、その分、迅速な治療決定が可能で、患者さん一人ひとりと濃密に向き合いながら通院から入院、退院まで一貫して診ることができます。少人数の編成ならではのフットワークのよさを活かし、細やかで思いやりにあふれた、患者さんの満足度の高い医療を提供することを最も大切にしています。
手術の半数以上は肺がんで、早期の肺がんに対する胸腔鏡手術から進行肺がんに対する拡大手術まで、病態や全身の状態に応じて、患者さんにとって最善・最良の治療法を一緒に考えながら決めています。がんを取り切る「根治性」と、患者さんの心身の負担を最小限に抑える「低侵襲性」の両立をめざす当科が特に力を入れているのは、肺がんなどに対する「単孔式胸腔鏡手術」と「ロボット支援手術」です。
胸腔鏡手術の中でも胸にできる傷が一つで済む単孔式胸腔鏡手術と、患者さんへの負担が少なく、高精度な手術が可能になったロボット支援手術は、今後も呼吸器外科領域でさらなる普及・発展が期待される世界のトレンドです。進歩・多様化する医療にすばやく対応し、この2つの術式をいち早く導入して症例を重ねてきたことも当科の大きな特色です。
近年、日本人のがんによる死因のトップとなっているのが肺がんです。2020年の北海道民の男女別のがんによる死因でも、肺がんが男性、女性ともに1位で、特に女性は増加傾向にあります。主な原因は喫煙ですが、最近ではたばこを吸わない人の罹患者も増えてきています。
肺がんは5年生存率が約30%と非常に治りにくいがんです。その理由として、肺がんは進行しないと咳や血痰、胸痛などの自覚症状が現れにくく、気づきにくいこと。また、ほかの主ながんと比べて進行が早く、転移しやすいことなどが挙げられます。そこで、定期的に「肺がん検診」を受けて、無症状の早期に発見することが何よりも大切です。肺がんに罹患する危険性が高まる40歳以降は、年に1回の肺がん検診と併せて、数年に1回程度は小さながん病変の発見率が高い「胸部CT検査」を受けることをお勧めします。現在、肺がんの治療は大きく進歩しており、早期発見ができれば、根治をめざせるようになっています。
肺がんの治療法には、手術療法、化学療法、放射線療法、免疫療法などがあり、これらを単独、あるいは必要に応じて複数組み合わせて治療します。肺がん診療の今後を考える時、呼吸器内科・外科、腫瘍内科、放射線科、病理診断科など各科のより一層の連携による集学的治療が求められます。
肺の手術では、病変に到達する方法として、開胸手術と低侵襲手術(胸腔鏡手術、ロボット支援手術)があります。
開胸手術とは、背中から胸にかけて20〜30cmほど皮膚を切開し、胸部を大きく開いて病変部を実際に見て切除する方法です。1980年代までは胸部手術のほとんどが開胸手術でした。90年代から、胸部の数カ所に小さな穴を開けて肺を撮影するカメラを挿入し、病変部を大きなモニター画面に映し出して、別の穴から手術器具を差し込んで手術する胸腔鏡手術が注目されるようになりました。胸腔鏡手術の最大のメリットは、手術による傷が小さいことです。筋肉や骨を切断せず、また周囲の神経や血管も傷付けることなく、少ない出血量で、病変を取り除けます。術後の痛みは軽くて済みますし、早期に退院し、社会復帰できるケースも多くなりました。小さな穴からの手術器具の操作は熟練を要しますが、胸腔鏡手術が広がり始めてから、既に20年以上の歳月が流れており、胸腔鏡手術は呼吸器外科領域では主流となっています。
しかし、ここ数年で日本の呼吸器外科手術には明確な変化がみられつつあります。より患者さんの心身に負担の少ない低侵襲手術が登場し、普及し始めています。それが前述の単孔式胸腔鏡手術とロボット支援手術です。
単孔式胸腔鏡手術では、胸の2〜4cm程度の一つの穴から手技を完遂できるため、術後の痛みが軽減されるだけでなく、傷がほとんど残らず一見手術したとは分からないほど整容性に優れています。
ロボット支援手術は、胸腔鏡手術をさらに発展させたもので、執刀医が3次元の画像を確認しながら、カメラと先端に電気メスや鉗子などの手術機器を備えたロボットアームを遠隔操作して行う手術です。各アームは執刀医の動きと正確に連動し、執刀医はあたかも患者さんの体内に手を入れているような感覚で電気メス、鉗子などを自在に操ることができます。アームには複数の関節があり、また手ぶれ防止機能を持つので、開胸手術や胸腔鏡手術に比べて自由度が高く、より精密な手術が可能になりました。両方とも優れた点の多い術式ですが、高度な技術と経験が必要なため、今後は手術法の周知や人材育成などが課題に挙げられます。
治療の確実性はもちろん最重要ですが、それと同じぐらい迅速性に重きを置いています。初診から治療開始までの時間を可能な限り短くすることを目標に、確定診断及び病気の進行度などの検査を行い、患者さんに適切な治療法を提案できるよう心掛けています。一般的に治療までに時間がかかればかかるほど、患者さんはさまざまなリスクを背負います。がんなら転移してしまうかもしれませんし、気胸なら合併症を併発してしまうかもしれません。
われわれ医療者は診断や治療をする際に迷って決断しかねることがしばしばあり、ややもすれば「いったん様子をみよう」ということになりがちですが、ただ手をこまねいて見ているだけでは事態は悪化するケースの方が多く、私は勇気を持って決断することが大切だと考えています。決断するためには広く深い知識が必要ですので、日々進歩する医療の最新情報を積極的に取り入れ、今なお勉強の毎日です。
もう一つ、常に念頭に置いているのは患者さんの「納得」と「満足」です。患者さんにとって病気が治ることは最優先事項に違いありませんが、ただ治せば良いというものではないと私は思っています。患者さんにとって病気というのは患者さんという人間や人生のほんの一部で、そのほかに大切にしているたくさんの物事を抱えながら、家族や地域などさまざまな関係性の中で生きています。それらを考慮せずに病気だけ治そうと考えても、それはとても難しいことです。いかに自分を深く理解してくれるか、いかに自分に親身になって向き合ってくれるか、心を込めてきめ細やかに対応してくれるか。そういうことを患者さんは求めているのです。そのためには、執刀医の私が患者さんのもとに頻繁に足を運び、可能な限りコミュニケーションをとる中で、信頼関係を築いていく必要があります。
患者さんの目線に立ち、患者さんの気持ちにとことん寄り添っていく。呼吸器外科医としての私の仕事の半分は、最新の知見と技術に則った手術で患者さんの病気を治すことですが、残りの半分は術前と術後にどれだけ患者さんに安心感を感じてもらい、納得して手術を受けてもらえるか、そして、どれだけ手術も含め当院・当科で治療したことに満足してもらえるかを追求することだと考えています。
肺がんの次に頻度が高いのは「気胸」です。気胸とは、肺に穴が空き空気が漏れる病気です。体質により10〜20代の男性に比較的多いほか、喫煙などの影響で高齢者にも増えています。突然胸が苦しくなったり、呼吸が苦しくなったりするのが特徴で、重症の場合は死に至ることもあります。
心筋梗塞や大動脈解離といった命にかかわる心臓の病気も同様の症状で発症するので、突然広く胸のあたりが締めつけられるような激しい痛みや圧迫感を感じたときは、迷わず救急車を呼んでください。
気胸の治療は胸腔にたまった空気を抜く方法のほか、空気漏れをしている肺の一部を切除する手術などを行います。
呼吸器外科では、肺動脈という人体で最も脆く、血流が豊富な極めて危険な血管を扱います。肺動脈は少しでも損傷すると瞬く間に大出血を来し、命に直結するため、毎日が張り詰めたような緊張感の連続です が、それをいい意味のプレッシャーに変えて結果につなげています。元気になった患者さんに笑顔を見せてもらったり、ありがとうと言ってもらえたりすると、疲れはすべて吹き飛びますね。
2022年4月から常勤の呼吸器外科医を一名増員し、診療体制の充実を図ります。患者さんの手術待ち期間をより一層短縮し、また患者さん一人ひとりに対し、これまで以上に手厚く濃密なケアとサポートの提供に 努めるつもりです。
繰り返しになりますが、当科のモットーは「根治性と低侵襲性の両立」です。世界標準の科学的根拠に基づく医療と最新情報の提供に注力し、質の高い安全な手術を、ここ北海道から全国・世界へと発信していくことが当院・当科の使命だと考えています。
※文中に記載の組織名・所属・肩書・内容などは、すべて2022年1月時点(インタビュー時点)のものです。
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